2021年9月7日火曜日

ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために


 

写真家でこの本の作者の幡野広志さんは34歳で血液の癌に侵された。

余命3年と診断された。

3年とは酷な時間だと感じる。

本の中にもあったが、映画などでよくあるような「死ぬまでにしたい〇〇のこと」

みたいに、仕事をやめてやりたいことをやるには長い。

自分の生活。家族の生活もあるのだから。

かと言って、長期的なビジョンはたてにくい。

癌患者の自殺率というのはとても高いらしい。

この本を読んで、納得できた。

作者は癌になり、それを告発すると沢山の人からメッセージをもらったそうだ。

そして、沢山の人に会いに行ったそうだ。

あとがきには、癌患者の中には家族で苦しめられている人が多いと書いてあって驚いた。

家族が支え合うイメージしかなかったから。

癌は人間関係を壊す病気だという。

この本を読んでもまだピンとこないところもある。

それは、自分が健康だからなのか。家族に恵まれてると感じるからなのか。

癌患者の家族は、心理状態が患者と同じ状態に陥りやすいことから、「第二の患者」と呼ばれているそうだ。

時として、「第二の患者」が「ほんとうの患者」を飛び越えて、治療の主人公になってしまうことがあるという。家族である患者をみないで、病気だけをみてしまう。

これは想像に難しくない。自分の行動が正しいと信じて疑わず、患者をふりまわす。

これは病人と家族に限った話ではなく、健康だから気づかないだけで、子どもの人生の主人公になりたがる親はいるという。

親(自分)が主演、脚本、演出、監督する、人生のドラマの中で子供は重要なポジションの脇役だ。ドラマに都合のいいセリフと演技を脇役に求めてしまう。

癌患者の家族が「第二の患者」ならば、親は「第二の子ども」になってしまう場合がある。

本当の子供を飛び越えて、自分を投影させた、自分にとって都合のいい子ども像を押し付けるのだ。

そして、生涯にわたって「わたしの子ども」としての人生を歩ませようとするのだ。

少し乱暴に感じる文章だが、実際にある話だと感じる。

正直、これは福祉の世界でも感じる。

自分が正しいと思う支援を押し付ける。

そして、それに親や家族、支援者は気づかない。

そこには悪意も悪気もなく、善意しかないのだから。

障害者権利条約のお話。

わたしたちのことを、わたしたちを抜きに決めてほしくないという

子どもも、患者も同じだ。

親や家族がどうしたいかではなく、本人がどうしたいかを一歩引いたり、うしろから全力でサポートする。

それが本当の愛なのではないか。

言うのは簡単だが言い続けられる自分でありたい。

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