2019年3月30日土曜日

従姉妹と再会

【2年生・2019・3月】

従姉妹が大好きなことら。
3月に入ったくらいから、ずっと従姉妹の名前を呼んで「行く!」と言います。
「こっくん、春休みね」と言うと、「こっくん、従姉妹の名前」と言った後に、「シャツ持ってく!服持ってく!下着持ってく!ズボン持ってく!タブレット持ってく!いと持ってく!・・・」とお泊りセットと妹まで持っていくつもりらしい。。
毎日のように言うことらに「春休みになったらねー」と言い聞かせ、ついに始まった春休み!
そして、待望の日はやってきます。
朝から待ちきれないことらは家の中をウロウロ。「こっくん、着替えて。」などの指示もびっくりするくらい入ります。
待ち合わせは昼過ぎに海津の木曽三川公園。いつもなら着くと走り出すことらですが、従姉妹の名前を言いながらゆっくり遊びます。待ちきれない時間を潰すかのように。


そしてついに再会!静かに喜びを表現することら。
手をつないで離れようとしません。いつもどこかに走って行ってしまわないように常に注意しているのが嘘のよう。
一緒にいろいろな遊具で遊びました。


最後は大きなボールで遊んで、おうちいく!と言い従姉妹のお家に行きました。
本当に従姉妹の存在はありがたい。ことらの成長に多大な影響を及ぼしていると感じます。
先日、研修で「同じ趣味を持つ人のグループはASD者にとって本質的に治療的である。」
と聞きました。これだけ好きな人がいるのも治療的なのではないかと感じました。
ことらの好きを大切にしていきたいです。

2019年3月26日火曜日

危ないと子を叱るより手をひこう

【2年生・2019・3月】

毎日通勤の途中で見る、交通安全標語の看板。
「危ないと子を叱るより手をひこう」
初めて看板を見たときに身体に電流が走るような思いでした。
これは横断歩道などでの注意喚起だと思いますが、子育て全般に言えることだと思いました。特に発達障害の子を持つ親にとって、丁寧に育てるとはこのことだと思いました。
ついつい家の中でも身体が動く前に口がでてしまいます。
あげく、だから言ったでしょ!なんて親の怠慢だと反省することがあります。
もちろん全てをやってあげる必要はありませんが、最初の一歩の手助けを口ではなく、身体でしてあげる。楽しくできるように促してあげる。時にはやって〜と甘えたいときもあるでしょう。そんな時はやってあげてもいいかなとも思います。
以前に、親都合で抱っこしてはいけないと聞いたことがあります。
親が抱っこしたいときに抱っこして、子どもが抱っこして欲しい時にしない。
つまり、子どもからしてみれば抱っこして〜と寄って行ったのに避けられる気分です。
これでは子どもの愛着や自己有用感が育ちません。
めんどくさいな。大変だなと思ったときにひと手間かける。
料理と子育てのコツなのではないかと感じます。
叱られてやったり、怒鳴られてやったりではその場ではやっても、やらなくなります。その行為事態が嫌いになる可能性があるので。
手をひいて促してあげる。それが自主的、主体的にやる第一歩ではないかと思います。

2019年3月25日月曜日

川の音

【1年生・2017・8月】

水が大好きなことら。プラレールが大好きなことら。
離れた場所にある音もことらには聞こえるようです。
家族でひるがのにプチキャンプに出かける途中に郡上でお昼を食べました。
お昼を終えるとことらは路地裏の方に行きたがります。
何だろうと思いついていくと、だんだんと水流れる音が聞こえてきます。
なるほどと、僕には緊張感が走ります。
ことらが急に走っていかないように。危険な川だったらどうやって興味を変えようかと。
川にたどり着きました。


街中の川なのでのんびりした感じだ。良かった。
でも、少し流れが強いかな。1年生のことらには足を入れるだけだよ!と何度も念をおします。
馬の耳に念仏のつもりで唱えておりましたが、なんとことらは足を入れるだけで満足しています。
ボーリングの失念経験から、もちろんすぐ後ろで何があってもいいように僕はかまえていますが。
でも、結局足を入れるだけで満足してくれました。
こんなところにもことらの成長を感じる夏でした。


2019年3月22日金曜日

ボーリング

【1年生・2017・7月】

障害者スポーツの一つとして。余暇の一つとして、手軽で楽しみやすいボーリング。
休みの日に家では所狭しと満足できない好奇心旺盛なことらの雨の日の遊びとして初めてボーリングに行きました。
最近は子どもが楽しめるように、レーンにガーターなし。5個穴の空いたボール。すべり台のようなボールを転がす補助台など、いろんなアイテムがあります。
ボーリングも進化していますね。その分高くなっていますが。。
僕が中学生の頃は手書きなら1G200円でした。(何年前だっていう話しですが・・。)

まだルールもわからないことらは投げる間中、後ろに付き添います。縦横無尽に走ったり、何個もボールを投げたりしないようにと、ちゃんと前にボールを投げれるようにと思って。
とっても楽しそうにボーリングをすることら。ボーリングというスポーツを楽しむのではなく、ボールを投げるとピンが倒れ、自動でまたピンが並べられるシステムを楽しんでいるように感じます。でも、楽しんでくれているからいいか。
投げ終わって、席につくまでずっとことらの肩や手などどこか身体の一部を持って気を張っていましたが、ゲームも終わりに近づいた一瞬の隙きをつかれました!
投げ終わった瞬間にボールめがけてレーンをダッシュ!
ピンまで走って、中に入ってしまいました。。
すぐにお兄さんが追いかけてくれて、ことらを連れてきてくれましたが、レーンを走ったのでクリーニングが必要になりレーンを移動。
大変申し訳なかったですが、笑顔で対応してくれました。

そりゃ、あの機械がどうなっているのか気になりますよね。
おさるのジョージ的な発想だと、中に人がいて並べる名人で一瞬で並べているのかな?
とか思ったのかな?
いろんな意味で満足げなことらでした。



2019年3月20日水曜日

ことらの叔父叔母

【1年生・2017・7月】

3人目のさんちゃんが生まれてよく思うのは、人手が足りないこと。。
家ではまだいいが、出かけるとなると本当はことらに2人欲しいところなので、欲を言えば2人分の人手が足りない。
そうも言ってられなので、ウィークデーは夫婦で乗り切るが週末は妹夫婦の存在がとてもありがたい。
郡上に住んでいる妹夫婦は毎週末実家に泊まりに来る。目的はコストコに行ったり、買い物、美容院などいろいろあるが、うちの子供達と遊ぶのも目的だと言ってくれている。
子どもたちもなついているので、下の二人だけ預けることもあるくらい。

妹の旦那(ダン)はアメリカ出身で、郡上で英会話教室を運営している。
口数は少ないほうだが、優しいしASDへの理解もある。さすがアメリカ。
身体も大きいので、ことらも暴れてもひょいとあしらわれることをよくわかっているので、ダンの前ではあまり暴れない。
なにより、ダンの片言の日本語の指示がことらには入りやすいらしい。
「ことら、水、ダメ!」
単語を並べただけだが、長々と指示されるよりことらはわかりやすい。
旅行などもよくついてきてもらってる。ほんとにありがたい。
諸事情でおじいちゃんの手助けがないため、僕たち家族にとってとても大きな存在だ。


七夕で肩車されることら。
人混みでもこれなら楽しいだろうなぁ〜

2019年3月19日火曜日

映画鑑賞

【2年生・2019・3月】

先日の日曜日に映画に行ってきました。
末っ子は妹夫婦にまかせて、ことらと妹と僕ら夫婦の4人で。
前日に妹がドラえもんの映画が観たい!と言ったのが始まりですが、ことらも観たいと言うのでドキドキしながらの映画鑑賞です。



以前にトーマスの映画が観たいと言うので一緒に行きましたが、予告で我慢できず本編前に退散しました。きっと、暗いのも怖かったのかな。
先日、映画にも慣れさせたいなと地元のきそがわ福祉会の40周年記念イベントでの映画にもことらと二人で行きました。その時は30分くらいで退散。でも、すごい進歩だ!と思いました。

ドキドキしながら席につくと、最初は妹とパパのお膝の取り合い。。
妹が折れて、キッズシートに座ってくれると、ことらもキッズシートに座ると言ってくれて一安心。
さあ、予告が始まった!なかなか本編が始まりません。。
ドキドキしていると、ことらが「ポップコーン!ジュース!」と言います。
食べたいの?と聞くと。「食べたい!」と言うので、本編ギリギリで買いに行きました。
ことらは塩味とオレンジジュース、妹はキャラメル味とお茶をご所望。
ばっちり違うので二個ずつ買わなきゃいけないが、ケンカにならないからラッキーか。
ポップコーンセットを買って、二人の席の間に置くと楽しい映画鑑賞の始まり。
ことらは最初間違えてキャラメル味を食べて、「甘い〜!」と言って僕にくれました 笑
すごい勢いでジュースも飲むので気になってましたが、けっこう映画に集中してくれている様子。なんだかこんな一時がくるなんて思ってもいなかったので夫婦で顔を合わせてニンマリ。なんでもない普通の家族の風景がとても幸せに感じる時があります。これもことらのおかげだなぁ。

途中でトイレ休憩に一回行きましたが、トイレの後はすぐに劇場に戻れたし、最後までは見れなかったけど1時間ちょっと観れました!
すごい進歩だなぁと感慨深く。
映画が観れるようになると、ことらの余暇につながる。
家族だけじゃなく、移動支援の人とも映画観れるようになったら嬉しいなぁと思いながらがんばったことらにスーパーで大好きないちごを買ってあげました。

2019年3月17日日曜日

展覧会

【1年生・2017・7月】

5月くらいから通いだした絵の教室。年に一回、その教室に通っている方たちの絵の展覧会を
開催しています。
ことらは通いだしたばかりだし、見に行くだけかなと思っていたのですが、先生がせっかく
描いた絵があるので出してみては?と仰っていただきました。
そうは言っても落書き程度だろうと思っていたので、迷っていたのですが記念にいいかなと
思い参加することにしました。
僕はまだ一緒に通ったことがなかったので、展覧会で初めて見ることになります。

落書き程度だろうと言いながらも親バカの私は妹夫婦も引き連れて見に行きます。
しかし、見に行ってびっくり!額に入れて飾ると立派な作品に見えます。


意外と才能があるんじゃないかとさえ思ってしまいます。
タイトルもいいですね。これは先生が付けてくれました。
でも、ことらは自分の絵には関心がないらしく、他の飾ってある大きな絵に夢中です。
特にこちらの絵が気に入ったようで。


その日は熱があったので、冷えピタを貼りながらもちゃんとぴーす。
こんな絵を描いてみたいのかな?
ここに行ってみたいのかな?
ことくん、パパも行ってみたいよ。サグラダ・ファミリア。
ことらが飛行機に乗れる日がきたら行ってみたいと思いました。
長旅だからなぁ〜そんな日がくるといいな。

2019年3月12日火曜日

つなげるつなげるプラレール

【1年生・2017・7月】

自閉症あるあるのプラレール。
多分にもれずことらも大好きです。
これにハマると、1〜2時間平気で集中して遊んでいます。
このプラレール、いろんな療育の場や病院の診察部屋でもよく見かけます。
以前は子どもはみんな好きだからね〜と思っていたのですが、ちゃんと意味が
あるんですね。
まずは想像力。どんな形にするか、どんな車両を乗せるか、最後にはレールが一つに
つながらないといけません。診療ではこのつなげ方や遊び方で今の成長具合がわかる
みたいです。
平面で遊ぶのか、立体で遊ぶのかなどもポイント。
とにかくつなげまくるのはやっぱり、特性なのかなぁ。


ことらはとにかくつなげたがります。
これはガチャガチャのトーマスですが、つなげたいがゆえにトーマスガチャガチャを
見るたびにやりたがります。一時期はやるやらないでいつも僕とバトルしてました。
でも、これだけ遊んでもらえれば本望ですっていうくらい遊んでくれます。
戦隊モノや仮面ライダーにはほとんどはまらず、ずっとトーマスが好きですね〜
ちょっとだけキューレンジャーにハマってましたが。


まー楽しそうなのでよしか。

2019年3月11日月曜日

ビジョントレーニング

【2年生・2019・2月】

先日、トレトレでビジョントレーニングの講座があった。
トレトレに通っている子どもたちの親さんだけでなく、近隣保育園の保育士さんも
参加してくださった。年休をとってまで参加してくださる姿には頭が下がる。

講師は岐阜を中心に目の学校を開校されている纐纈徒孟也先生。
知人の紹介で知り合ったのだが、特別支援学校の先生向けの講演会や、岐阜の教育委員会
から依頼があって講演会を開いたりしている。
それだけ、今は特別支援教育や学校教育でビジョントレーニングが必要だとされているのだ
と思う。
纐纈先生が他のビジョントレーニングの先生と違うところはやっぱり整体師としての目線も
持ち合わせているということだと思う。
よく、ビジョントレーニングも感覚統合の目線から話をされたり、まずは粗大運動だという
話になるのだが、その前の段階として体が歪んでいるとか、体が固い、冷えているといった
ことを纐纈先生はよく指摘される。粗大運動が足りない、体幹がしっかりしていないのでは
なく受け入れる体制ができていないのだ。
それでは、どれだけ粗大運動や体幹トレーニングをいれてもあまり効果がない。
大人も子供も受け入れ体制を整えるということはとても大切ですね。

今回は周波数のお話だった、目から入ってくる周波数を整えてあげるだけで見える世界が随分
変わってくるというお話。
体験体感も含めながらの講座で参加者さんもとてもびっくりしていた。

冒頭で纐纈先生はよく変わっていると言われると言っていた。共通の知人も言っていた。
たしかに変わっていると思う。
でも、最近は変わっている人の方が一緒にいて気持ちが楽な気がする。もちろん、
人にもよるが。
なぜだろうと考えてみた。裏表がないからだ!思ったことをわりとはっきりと言う。
言葉の裏を考えなくて良いから楽なんだ。
裏表があり、思っていないことを言う人は僕は苦手だ。もちろん、みんな多かれ少なかれ
それはあるが。それが社会性だし。
纐纈先生は表裏がない。思ったことをはっきり言うし。

講座終了後に纐纈先生と話していると、トレトレスタッフに僕ら二人が似ていると言われた。
中身なのか?容姿なのか?
容姿であることを願う。

2019年3月7日木曜日

ノーマライゼーション

【2年生・2019・3月】

今週、意思決定支援について椙山女学園大学の手嶋先生の講演を聞きました。
1970年後半にノーマライゼーションという考え方が日本に入ってきたが、欧米と日本との
理解の違い、社会の受け入れる覚悟の違いを改めて教えていただき愕然としました。
しかし、これが現実です。今は2019年かれこれ40年経っても基本的な社会の覚悟は
変わっていないと実感、体感しています。
先生は仰ってました。
我が国の歴史で弱者とかマイノリティと被害者と言った座に似て申し訳なさそうにしている
ぶんにはなんか優しい目を向ける。しかし、「おかしいものをおかしい」と言い始めた途端
にプロ障害者みたいに言われる。
SNSが発達した時代、そういったことが平然と簡単に投げつけられます。

僕はこう感じました。社会は不安なんだと。
不安だから技術・テクノロジー・システムにしがみつく。
不安だから自分の領域を確保しようとして、足を踏み入れようとするものを排除しようとする。
不安だから損得でばかり物事を判断して暮らしている。

信頼関係で成り立っていた社会が信頼関係がなくなり、制度と監視の社会になってきている。
やまゆりの事件も現代社会が生み出した歪なのかもしれない。

講義の中で何本か動画をご紹介いただきました。
その中にアメリカ版モニタリングのようなTV番組がありました。

アメリカのレストランに一組の家族が食事にきました。
その中にオーティズムの男の子がいます。
男の子は同じ単語を繰り返したり、机を叩いたり、食事中にレストランの中を徘徊します。
その様子を見ていた中年の男性が「静かにさせろ!」「ちゃんとしつけしろよ!」
「静かに食事をしたいんだから出ていけよ」と心無い言葉を投げつけます。
これが日本だったら、周りのお客はどんな態度を取るでしょうか。

この家族と中年男性は全て俳優さんです。周りの反応をモニタリングしているのです。
ある女性のお客さんは家族のおかあさんに立ち寄り、「大丈夫だからね」と優しい言葉を
かけます。
ある男性は、その中年男性に「お前こそだまれ!」と言います。
ある女性は「あなたこそここにふさわしくない、でていって」と言います。
周り全てが敵になり、中年男性は悪態をついてレストランをでていきます。
その姿を見て、レストランのお客さんは拍手喝采です。

この映像を見て、目頭が熱くなりました。
これが社会の受け入れる覚悟なのです。
日本もこのような社会になる日がくるのだろうか。
そんな日がくるように発信し続けようと思いました。

2019年3月6日水曜日

児発管探し③

【1年生・2017・6月】

雨田さんが児発管を受けてくださることとなり、嬉しくなり家に帰ってから
妻に沢山話しているうちに、ネットに写真はないかと探し始めました。
その時に、雨田さんが校長先生をされていた時の卒業式の式辞が見つかりました。
その内容に、私達はとても感銘をうけました。
今でも心に残っています。
無断で紹介します。

他に類を見ないと思いますが、シンガーソングライターでもある雨田さんは
卒業式の式辞でギターを片手に歌を卒業生に贈ったのです。


「めぐりあいウォーキング」
詩 雨田陽三
曲 雨田陽三
君と僕がめぐり合う 理屈はいらない
流れる雲とわらぶき屋根がそこにあるだけ
知らない同士歩くのに なぜか気になる隣の人よ
あなたの声を聞かせてほしい あなたに出会いたい

緑の木々よ お前のそんな自然な感じが好きだよ
もう無理してくたびれるのだけはやめにしよう
ただ歩きたいから歩くのさ 黙りたいとき黙るように
つくり笑いはもう終わりさ 自由の道を行く

君もこの道歩いてごらん 自分の歩幅を大切にして
座り込んでも構わない それは自分で決めること



テレビドラマなどを見ると、そこに主役と脇役がいます。
私は十代のとき、自分を脇役と考えていました。
学校で勉強や運動に活躍する人と自分を比較して、活躍する人が主役であり、平凡で不器用な自分を脇役であると感じていました。でもあるとき、私という人間のドラマの主役はだれなんだろうと、自分に問いかけてみて、気づきました。
私のドラマの主役は私にしかできないのです。
なぜなら、私のドラマであり、物語なのですから。
どんなに自分が平凡で不器用であっても、自分のドラマの主人公を務めよう。
「どうせやってもできない」とやる前にあきらめるようなことだけはやめにして、まずやってみる人になろう。まずやってみて、その上でやれるかどうか考えようと決めて、いろんなことに取り組むようになりました。そうしていると、やる前にはできないと思っていたことが、少しずつできるようになったり、取り組んだことが前に進むようになったりしてきました。
自分と他の人の歩幅は違うのだからと、自分と人を比較して落ち込むこともしなくてすむようになってきました。
 人生は長いものです。ときに歩くのをやめて座りこむことがあってもいいのではないかと思います。それを決めるのは、ドラマの主役である自分です。
あなたたちひとりひとりがあなたのドラマの主人公として、胸を張って主役を生きてほしいと心から願っています。

 幸せは悲しみの積み重ねであり、悲しみがいつか希望に変わる日はきっときます。
あなたたちがこれから出会うであろうつらいこと苦しいことに、主役として、堂々と立ち向かっていくことが、時代を生き抜く力になるであろうと私は信じています。

雨田 陽三


人の痛み、苦しみ、辛さがよくわかる方だと思いました。

相手の立場に立って考えれる方だと思いました。 こんな先生に出会えたら幸せだなぁと思いました。